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ブラジルコーヒーの歴史

ブラジルコーヒーの歴史

ブラジルといえば、世界一のコーヒーの産地として知られています。ブラジル産コーヒーは世界的にもその高品質が認められており、ブラジルの大都市であるサンパウロ市では、月間46億杯のカフェが飲まれています。

2005年度には、ブラジルのコーヒー生豆の生産量は218万トンで、ブラジルだけで全世界のコーヒー生産量の3分の1を占めています。今回はブラジルコーヒーの歴史を探っていきたいと思います。

ブラジルのコーヒーは輸入されたものだった

最初のコーヒー栽培は、1727年にスリナム経由で伝来し、パラー州に植え付けられたことから始まりました。本格的な栽培は、その30年以上あとの1761年頃に始まったようです。元々アメリカ大陸に自生するコーヒーの種はなかったため、ブラジルで栽培されたコーヒーは、外国から移入されたものでした。

ブラジル政府は、領土紛争解決のためという表向きで、フランス領ギアナにFranciscode Melo Palheta縦隊長を派遣し、フランス領ギアナのファーストレディと懇意になりました。そのFranciscode Melo Palhetaがブラジルにコーヒーの種を密輸したとも言われています。

奴隷制度

19世紀前半にはブラジル南東部でのコーヒー栽培のために約150万人の奴隷が輸入されました。当初、コーヒー生産の労働力は、奴隷たちによってまかなわれていたからです。1850年にブラジルでの奴隷制度が廃止されると、コーヒー農園主たちは、主にヨーロッパからの移民を雇用し労働力を充足するようになりました。

1880年代から1世紀以上も続いたコーヒー生産を経て、ブラジルにおける奴隷制度は衰退し、労働力供給は賃金労働に切り替わりました。またコーヒー生産は、ブラジルボク、砂糖、金採掘などといったブラジルの他の輸出産業とは違い、ブラジル全体の産業化に大きく寄与しました。

ブラジル産コーヒーの世界シェア下落

1920年代、世界のコーヒー市場はほとんどブラジル産コーヒーによる自然独占の状態にあり、世界シェアのおよそ80パーセントを占めていましたが、1950年代になると世界的にコーヒーの生産が盛んになり、ブラジル産コーヒーの占める世界シェアは徐々に減少していきました。

ブラジル政府によって工業化支援政策も行われましたが、ブラジル経済はコーヒ一産業に依存し続け、1960年になってもなおブラジルの輸出の60パーセントをコーヒーが占めていました。19世紀のころと比較するとこれは90パーセント近くも高い数字となります。

1930年代、ブラジル南東部のサンパウロには10年ほどで、約百万人を超えるコーヒー生産に従事する、多くの移民が流入しました。

そして、サンパウロはブラジル最大の都市となったのです。

ブラジルコーヒーの魅力

ブラジルでは日本の22倍以上という広大な国土で栽培され収穫したコーヒーの実を、広い場所に敷きつめて天日乾燥させた後に、 コーヒーの種子(コーヒー豆)を取り出します。

天日乾燥することにより、味の深みと幅を広げ、コーヒーの果肉に含まれた糖分が増すことで生まれたおいしさが、ブラジルコーヒーならではの深みとコクを演出します。

ブラジルコーヒーの歴史まとめ

ブラジルは約150年にわたって世界最大のコーヒー生産国および輸出国の地位を維持しています。また、米国に次ぐ世界第2位のコーヒー消費国でもあります。

現在、日本に輸入されているブラジルコーヒーは、やわらかな口当たりの良質な豆が中心で、主にブレンドのベースに使われています。

大手コーヒー輸入国である日本としても、今後のブラジルのコーヒー産業には注目すべきであると考えられます。

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coffeemecca編集部

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